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(2011年6月23-25日)

連合「2011平和行動 in 沖縄」―参加報告―

連合堺地区協議会 幹事 中井 誠

 6月23日から25日に沖縄県で行われた「2011連合平和行動in沖縄」に堺地区協議会から小手川副議長と共に参加しました。

 2011平和オキナワ集会

2011平和オキナワ集会

 第1日目は「2011平和オキナワ集会」が那覇市民会館大ホールにて挙行されました。この集会は連合(日本労働組合総連合会)が主催し、第一部シンポジウム「日米地位協定の抜本改定を求めて」と第二部「平和式典」の二部構成で行われました。会場には北は北海道から南は沖縄までの各地方連合や各産別組織から1,500名以上の仲間が結集しました。沖縄県は米国から1972年に日本へ返還された後も、国土面積のわずか0.6%に過ぎないのに、全国の米軍基地の74%が集中しています。この米軍基地の存在が、事件・事故などを含め県民生活に大きな負担を強いています。在日米軍の法的根拠を定めた日米地位協定は、1960年の締結から50年が経過しているにもかかわらず、日本政府は見直しをしないまま、様々な問題の解決を運用の改善で曖昧にしてきました。集会アピールで連合は、政府に対し連合の見直し案をもとに、地位協定の抜本改定を強く求めていき、世界の基地の中で最も危険といわれている普天間基地の早期返還と、返還実現までの間、普天間周辺地域の危険性の除去や騒音問題の対策を示すよう日米両政府に強く求めていくと宣言しました。

 第2日目は「ピースフィールドワーク」で戦跡コース・南部戦跡をまわりました。那覇新都心を車窓から見学し、宜野湾市にある嘉数高台公園の展望台から普天間基地とその周囲に密集する居住地を見渡しました。連合沖縄青年委員会の方々が「ピースガイド」として付き添っていただき、各々の見学地で説明をして下さいました。

ピースガイドによる説明

ピースガイドによる説明

嘉数高台公園展望台からの眺め

嘉数高台公園展望台からの眺め

 南城市にある糸数壕(アブチラガマ)では全長270mもある巨大な壕(洞窟)の中へヘルメットを装着し、懐中電灯を片手に進んでいきました。中には灯りは全く無く、足場はデコボコした岩場で歩きにくく、上からは水滴が落ち、頭を打つぐらい天井が低い所もあり、ひんやりとした冷気が漂い漆黒の闇が広がっていました。入り口付近の天井は米軍の火炎放射器で黒く焦げ、その際爆発したドラム缶が小さくなって天井に突き刺さったままでした。こんな中に数百人もの人たち(負傷兵、軍医、看護婦、ひめゆり学徒隊、住民)が4ヵ月もの間立て籠もっていたとは・・・何という忍耐力だろう。戦争とは映画に登場する様な華々しい戦闘シーンだけではなく、過酷な状況下での避難生活や老若男女を問わず無惨に殺戮されてしまうなど、そういった苦しく悲惨な状況の方が遙かに多いことを決して忘れてはいけません。この沖縄戦では日米合わせて20万人超の人たちが命を落としており、将兵と同じくらいの住民が犠牲になっています。そして沖縄戦で使用された砲弾等約20万トンのうち、1万トンが不発弾として今なお残されていると推定されており、不発弾による事故も後を絶たないそうです。

 糸数壕(アブチラガマ) 

糸数壕(アブチラガマ) 

 その後、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、魂魄の塔、平和の礎、沖縄県平和祈念資料館を見学し、戦争の悲惨さや平和の尊さ、命の大切さについて改めて理解を深めました。夕方に沖縄県庁前広場に集合し、「米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の抜本改定を求める行動」の集会に参加し、集会後に県庁前広場から国際通りをデモ行進しました。

ひめゆりの塔

ひめゆりの塔

魂魄の塔

魂魄の塔

「米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の抜本改定を求める行動」集会

「米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の抜本改定を求める行動」集会

デモ行進

デモ行進

 第3日目は台風5号による強風と豪雨の影響で予定を変更し、対馬丸記念館と紅型(びんがた)・サンゴ染め工房首里琉染(りゅうせん)を見学しました。対馬丸記念館とは、沖縄から県外へ集団疎開する県民や多数の学童を乗せた対馬丸が航海中の1944年8月22日深夜、米軍の潜水艦に撃沈され乗船者1,788名のうち約8割の人々が海底へ消えてしまい、その悲劇を繰り返さないための学びの施設です。首里琉染は、沖縄の伝統工芸である紅型と海を七色に彩るサンゴを用いて染め上げるサンゴ染めの工房・店舗です。サンゴ染めや色挿しの作業の様子を見学し、数々のサンゴ染めの展示品を拝見しました。

 今回の平和行動に参加して感じたことは、戦争を根絶し平和を尊重するのは当たり前ですが、一方で軍事力を増強している隣国もあり、平和を維持していくためには日米同盟や米軍基地のあり方、そして日本の防衛戦略をどう考えていくかということです。沖縄県民に負担が偏っている現状に対して、国民全員がもっと沖縄の現状や過去の大戦の悲惨な歴史を認知し、議論をしてより良い方向性を見い出すべきです。沖縄には「命(ぬち)どぅ宝」という言葉があり、「命こそ宝である」という意味です。一たび戦争が起こると、その宝物である命が、あまりにも簡単に、大量に、そして惨めに失われていきます。その様な悲劇をこれ以上繰り返さず、宝物である命がそれぞれ輝ける様な社会を私たちは築かなければならないと強く感じました。

 集合写真

集合写真

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