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(2011年9月26日)

連合「2011平和行動in根室」-参加報告-

連合大阪大阪南地域協議会 幹事 桐野 誠

 沖縄、広島、長崎と続く「連合 平和行動」の締めくくりとして、9月10~11日に開催されました「連合 2011平和行動in根室」に連合関西ブロック総勢30人の皆さんと一緒に参加させていただきました。

 根室での平和行動は、第二次世界大戦終結後より66年間の長きにわたりロシア(旧ソビエト)により不当占拠が続いている北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)の返還運動のひとつとして“日ロ平和条約を結ぼう!四島交流を促進しよう”をスローガンに実施されました。

第1日 9月10日(土)

1.北方四島シンポジウム<根室市総合文化会館>

シンポジウム会場

シンポジウム会場

シンポジウム会場

シンポジウム会場

 10年ぶりに開催されたシンポジウムには、全国各地から集まった連合の仲間と地元根室市にお住まいの皆さん約300人が参加し、会場は立見席が出るほどの大盛況でした。

 開会にあたり主催者を代表し、連合南雲事務局長より「今回、10年ぶりにシンポジウムを開催することになった。地元根室市の皆様に参加を呼びかけるにあたり、根室新聞に記事掲載していただき感謝している。連合は、北方四島の返還運動に今後とも力を入れていく所存である。是非、本日のシンポジウムや北方四島学習会を通じ理解を深めていただきたい。」と挨拶。

 次に、根室市を代表して長谷川根室市長より「全国各地からの参加に心より感謝している。毎年開催される連合の平和行動は、返還運動の地元として大変心強く思っている。17,291人の元島民も約4割になり、平均年齢も77.8歳と高齢になっている。一日も早い返還が望まれる中、先般、ロシアのメドベージェフ大統領が国後島を訪問した。ソ連時代を含めても国家元首が訪問した事は初めてであり大変遺憾に思う。同時に返還がより一層難しくなっている様に感じる。返還の交渉は国の問題ではあるが、一番大切なのは返還を強く求める国民の声、世論である。全国各地での連合の返還活動に感謝している。」と挨拶された。

元島民 得能氏

元島民 得能氏

 次に、元島民を代表して得能氏(1934年生 色丹島出身)より侵略された当事の出来事について語られた。

 「戦争が終わり数日経った8月末、ソ連による北方領土の侵略は始まり9月5日までに北方四島を手中に収めた。私が住んでいた色丹島には9月1日に大きな軍艦で島に入り、完全武装の兵士が、学校などの公共施設を占拠し、すぐに家庭も占拠した。何事が起こったのか分からず、落ち着きを取り戻すのに一ヶ月近くかかった。今でもその時の不安な気持ちを忘れる事はできない。その後、島から逃げ出し根室などに移った島民と、島を守るために残った島民がいたが、3年後の10月、ソ連により「日本人は全員島を出す」との決定がなされ、残っていた島民全員が10,000トンクラスの軍艦によって樺太へ運ばれた。樺太での生活は過酷を極め、寒さと食糧難苦しむ日々。病気で死ぬのが先か、引上船で救出させるのが先か。最長で70日近くも樺太で滞在することになった人もいた。

 樺太を出てからは、「いつか島に戻れる」と信じ、最も近い根室市に移り住んだ元島民が多かったが、次第に離れ各地へ移り住み、今では全国で組織化し北方四島返還の活動を広げている。私たち元島民は、常に運動の先頭に立ち、今後も立ち続けなければならないと考えている。その為に、親から子へ、子から孫へと伝え活動を継続していかなくてはならないが、子や孫は生活をしていくのも大変な状況であることも知って欲しい。

 北方領土問題は、元島民だけの問題ではなく、日本国民全体の問題である。"自国の領土を守る"と言う強い気持ちを是非、全国民が抱いてほしい。どうか、これからも力を貸していただきたい。」と北方四島返還運動への切なる思いを語られました。

2.パネルディスカッション<根室市総合文化会館>

【パネリスト】
 ・児玉 泰子(北方領土返還要求運動連絡協議会事務局長)
 ・本間 浩明(毎日新聞記者・北の海の動物センター理事)
 ・佐藤久夫(連合北海道釧根地協会長)
【コーディネーター】
 ・水谷 雄二(連合総合組織局長)

パネルディスカッション

パネルディスカッション

 シンポジウム終了後、北方四島の現状を主に伝えるパネルディスカッションが開催されました。

 「今、北方四島は大きく様変わりしている。これまでは"ロシアから見捨てられた島"との印象であり、ほんの5年前までは、いまだ戦後のような島であった。その為、島に住むロシア人と交流を図るべく訪問すると、多くの島民が集まり、感謝され、心からの交流が図れていた。

 しかし、ここ数年、徐々に人が集まらなくなってきている。これは、ここ数年でロシアは1,000億円規模のインフラ整備をはじめとした開発を行っており、生活しやすい環境、日本人を頼らなくても生活できる環境が整ってきた事にある。

 ロシアによる開発は、後の観光業に向けた第一ステップであると考えられ、このまま開発が進めば、いずれ第3国の外国人が、ロシアのパスポートを取得して北方四島へ入ってくるという可能性まででてくる。そうなると、諸外国に対して「北方四島はロシアの領土」と言う既成事実を作り上げると共に、島民の自国意識も高まってくる。1991年以降の"ビザなし交流"によって、現島民が敵対していないことを知り、お互いを理解する活動に努め、交流を深めてきたが、心が離れていくと領土問題に対して反対しかしなくなってしまう。そうなれば、一層、返還が遠のいでしまう。一刻も早い対応を国に望む。」など、現在の北方四島の現状について報告がありました。

3.北方四島学習会<北海道立北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ)>

北海道立北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ)

北海道立北方四島交流センター
(ニ・ホ・ロ)

 パネルディスカッション終了後、会場を移し、北方四島学習会が開催されました。学習会は5つのセミナーに別れており、私は「ビザなし訪問に参加して~北方領土の日本家屋~」に参加しました。

 北方領土には、戦前およそ3,250棟の建物があったそうです。しかし、建物の大半は1960年代に取り壊され、残された建物も長い年月で傷み、現在は皆無に等しい状況のようです。そんな中で、現在もなお残存する2棟の建物「択捉島水産會事務所」と「紗那郵便局」が取り壊されようとしているとの情報が入り、その保存に向けて、現在行動しているそうです。この2つの建物の存在は、日本人が住んでいた貴重な証であり、この建物を残す事は大きな意義があり、平成17年の北方領土返還要求全国大会の場で「建物保存特別決議」として決議されています。

択捉水産会事務所

択捉水産会事務所

紗那郵便局

紗那郵便局

第2日 9月11日(日)

4.2011平和ノサップ集会<納沙布岬・望郷の岬公園>

 日本最東端の地"納沙布岬"において、平和行動を締めくくる「2011平和ノサップ集会」が全国各地から集まった1,000人を超える連合の仲間が終結し開催されました。集会では、主催者、ご来賓の挨拶の後、沖縄、広島、長崎、根室と渡ってきたピースフラッグが次の平和行動開催地である沖縄に手渡されました。次に、集会アピールが採択され、最後に連合釧根地協佐藤久夫会長の発声により団結ガンバロウが行われ閉会いたしました。

ノサップ集会に集う連合の仲間

ノサップ集会に集う連合の仲間

ピースフラッグの平和リレー

ピースフラッグの平和リレー

連合 2011平和行動in根室に参加して・・・

 今回、初めての平和行動in根室に参加させていただき、北方領土問題に対して認識を新たにしました。侵略された当事の悲惨な現実、元島民の返還にかける熱く強い思い、変わり行く北方四島の現状、そして元島民や返還運動をしている方々と、現島民(ロシア人)がこれほどまでに交流を図っている事に驚きがありました。

 来賓挨拶の中で再三出て参りましたが「北方領土問題は、元島民や関係者だけの問題ではなく日本国民全体の問題である」という事をしっかりと心に留め、平和行動に参加させていただいた者として、連合役員、組合役員として、少しでも多くの人に伝えていかなくてはいけないと感じました。

連合大阪の参加者

連合大阪の参加者

対岸に見える北方四島

対岸に見える北方四島

希望の鐘

希望の鐘

日本最東端 納沙布岬

日本最東端 納沙布岬

祈りの火

祈りの火

返還を求める署名運動

返還を求める署名運動

故末次一郎氏をたたえる石碑

故末次一郎氏をたたえる石碑

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