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(2012年6月23-25日)

連合「2014平和行動 in 沖縄」―参加報告―

連合堺地区協議会 議長代行 川井 勇二

  • 日程:2014年6月23日(月)~6月25日(水)
  • 場所:那覇市、南城市、糸満市
  • 参加者:連合堺地区協議会 川井議長代行、豊岡副議長

1日目(6月23日)

12:30

オリエンテーリング・事前学習

15:00

平和オキナワ集会 (1432名出席)

基調講演 「抑止力」と沖縄の未来

     講師:柳澤 協二 氏

主催者あいさつ:連合 神津事務局長

地元歓迎あいさつ:連合沖縄 大城会長

平和メッセージ:連合北海道 安田副会長

ピースリレー:連合広島 平上事務局長

平和アピール:連合沖縄女性委員会 上原さん

17:30

平和交流会

 平和オキナワ集会

平和オキナワ集会

2日目(6月24日)

9:00

ピースフィールドワーク 3班に分かれて戦跡を学ぶ

10:00

糸数アブチラガマ(南城市)

ガマ・・・洞窟やくぼみの方言。

日本軍の陣地壕や倉庫に使用され、戦場が南下するにつれ陸軍病院となった。全長270mの洞窟に600人以上の負傷兵で埋め尽くした。米軍の攻勢が激しくなった病院を撤退したあとも住民と日本兵、負傷兵の雑居状態になった。

11:30

ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館(糸満市)

女学生によって編成された看護部隊「ひめゆり学徒隊」。日本軍とともに行動し、看護活動にあたった。

13:30

魂魄(こんぱく)の塔(糸満市)

沖縄戦の後、住民の手で建てられた最初の慰霊塔。戦後は、米軍に遺骨収集を許可されなかったが、当時の村長が米軍との交渉で、許可を得、住民による遺骨収集が始まった。約35000体が集められ、周囲を石積みで整備し、骨塚とした。

15:00

平和祈念公園・資料館(糸満市)

沖縄復帰記念事業として沖縄戦跡国定公園として整備。

毎年、6月23日「慰霊の日」に慰霊祭が催される。

17:00

「在日米軍基地の整理・縮小」と「日米地位協定の抜本的見直し」を求める行動・デモ行進(国際通り)

魂魄の塔

魂魄の塔

ひめゆりの塔

ひめゆりの塔

 デモ行進

デモ行進

3日目(6月25日)

9:00

対馬丸記念館

1944年8月22日、学童集団疎開の子供たち826人を含む約1600人を乗せた対馬丸は米潜水艦に魚雷攻撃され、10分で沈没し、救助されたのは、59人。

10:40

佐喜間美術館

12:30

首里城

琉球王国の居城として、王国の政治・外交・文化の中心的役割。戦時中は、地下に軍司令部が置かれた、

沖縄戦とは

1944/10/10

沖縄各地に空襲、旧那覇市街地90%消失

1945/ 3/23

米艦隊、沖縄本島攻撃。

3/26

米軍慶良間諸島上陸、31日に占領。

4/1

米軍、北谷と読谷に上陸。その後、沖縄を南北に分断し、日本軍司令部は南部へ撤退。

5/31

米軍、首里城地下の沖縄守備軍司令部を占領。

6/23

司令官牛島中将が自決。組織的戦闘が終結。

6/24

米軍、掃討戦を開始。

7/2

米軍、沖縄戦終了を宣言。

(沖縄戦戦没者)

米軍

12,520人

日本軍

94,136人

住民

94,000人

所感

 戦争のない平和な社会を実現させることは、重要な運動としてかかわってきました。

 戦争の悲惨さを分かっていたつもりではいましたが、今回、沖縄の平和行動に参加して、沖縄の置かれてきた状況を少し勉強することができ、あらためて、戦争の悲惨さを実感することができました。

 戦争の空襲も恐怖にさらされることになりますが、沖縄は、太平洋戦争で、地上戦になったところであり、数多くの住民が巻き込まれることになりました。子供や女学生、女性、お年寄りも多くの犠牲者が出たということをあらためて勉強し、人として生活するには、戦争のない社会にしていくことがとても大切と感じました。

 沖縄には、まだまだ戦争の傷跡が多く残っていること、在日米軍基地の問題などもありますが、戦争を風化させずにみんなで、考えることが平和につながると思いました。

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