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(2018年8月8日-9日)

連合「2018平和行動 in 長崎」―参加報告―

泉州地区協議会 幹事兼会計監査(ダイベア労働組合) 北野 善彦

 2018平和行動in長崎に、単組としては3名、個人としては今回で2度目の出席となりました。連日の猛暑は僅かながら和らぎ、8月らしい気候の中で、8月8日平和ナガサキ集会(参加3360名)、8月9日被爆73周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典、ピースウォーク、万灯流しなどの行事に参加させて頂きました。それぞれの行事の内容ではなく、その時に感じたこと、得たことを報告させて頂きたいと思います。

ダイベア労組からの参加者

ダイベア労組からの参加者

 2018年のノーベル平和賞に、長年に渡り署名や国連での訴えなどの活動を行っている「高校生平和大使」が候補として選出されました。ある高校生平和大使の方が、SNSを通じて「8・9が持つ意味」を訴えられています。2020年に開催される東京五輪の閉会式が、8月9日に予定されており、その方は2020年に東京の地で、自身の経験や活動を発信したいと仰っていました。東京オリンピック・パラリンピックが、スポーツだけでなく、平和の祭典として成功することを祈ります。

 被爆から73年、自身の経験を伝える「語り部」の方が高齢化し、語り継ぐ活動が衰退しつつあります。家族や友人の死、忘れ去りたい悲惨な光景を伝えるという使命感は、並大抵な覚悟がなければできない活動です。その体験を後世に伝えるべくピースウォークでは、地元の青年協議会の皆さんが主体となり、語り部として活動されています。地元の方だけでなく、他都道府県の仲間が語り部となり、家族や友人知人、職場の仲間に伝えていく活動も重要ではないかと考えています。

 核兵器の驚異は、今もなお我々の身近にあります。ここ数年、核兵器による人類の絶滅を時計になぞらえた「世界終末時計」が0時に近づいています。長崎への原爆投下以来、使用されることはないものの、多額の資金が注ぎ込まれ、小型化の開発が進むなど、その驚異は年々増しているとも言われています。

 日本で生まれ、暮らし、働く我々にとって、「無関心」でも「無関係」でもあってはならないこと、そして我々は「ビリョク」ではあっても「ムリョク」ではないことを、強く感じた行動になりました。

 常日頃から平和の尊さを感じながら生活しているとは言えませんが、「8・6」「8・9」の前後には何らかの形で平和について考えることを心がけていきたいと思います。

 平和行動で共に行動した12名の連合大阪仲間の皆さんには、大変お世話になりました。

想いを込めた万灯

想いを込めた万灯

万灯流し

万灯流し

ダイベア労働組合 肥後 希生

 2018 平和行動in長崎に参加し、唯一の被爆国であり、語り手が居なくなっていく中、戦争を知らない世代といわれる僕らの世代が後世や世界に、如何に戦争の恐ろしさ、非道さを伝えていけるかを考えました。

 僕は沖縄平和行進に参加した事がありますが、その時感じたことは、若い世代の県民達の興味の無さでした。年配の方や子供がいる世代の人たちは、孫や子供、未来のことを考え参加されていました。しかし、若い世代の人たちは、在日米軍による事件がおきているにも関わらず、どこか他人事であり、実感がないようでした。

 ですが、平和ナガサキ集会では爆撃された事実があり、その事実を伝えていこうとする意思が感じられました。

 語り手、深堀さんの家族を失った当時の話など、思い出すのも辛いであろう経験談を、核の恐ろしさを伝える為大勢の参加者の前で話してくれました。

 またその後を継ぎ、戦争を知らない世代でありながら、唯一の被爆国として世界に、非核を訴えるナガサキ・ユース代表団の方や高校生平和大使の方たちの熱い思いを聞きました。

 「ビリョクだけどムリョクじゃない!」凄い言葉だと思いました。

 僕も微力ながら、2018 平和行動in長崎に参加し、感じた戦争の恐ろしさや、学んだことを伝えていきます。

ピースウォーク

ピースウォーク

ピースウォーク

ピースウォーク

ダイベア労働組合 松山 翔哉

 私はこの度初めて平和行動に参加させていただきました。

 8月8日の平和ナガサキ集会では、3,000名以上の参加と緊張感の雰囲気の中各来賓の挨拶があり、連合長崎会長宮﨑さんの言葉が印象に残っております。

 73年前に投下された一発の原子爆弾により7万を超える方々が亡くなり、多くの人々に苦しみと悲しみをもたらしました。その一人一人には人生があり、未来があり、家族があり、希望があったと述べられておりました。

 今ある平和の毎日を送り続けるには、やはり核兵器を廃絶する事が必要だと感じました。

 また、被爆者の訴えでは深堀さん88歳から当時の話をお聞きしました。原爆投下から73年たった今でも忘れられない記憶として焼き付いていて家族が目の前で亡くなられたと聞き、二度と繰り返してはならないと強く思いました。高校生平和大使の方は高校生一万人署名活動を行い国連欧州本部に提出し、核兵器廃絶と訴えるスピーチを行うと聞きました。「ビリョクだけどムリョクじゃない」と言うフレーズが印象的でした。

 8月9日は被爆73年長崎犠牲者慰霊平和祈念式典、ピースウォーク、万灯流しが行われ、被爆落下中心地牌や、平和な泉、松山町防空壕群を回りました。

 特にピースウォーク内の平和な泉は原爆の熱線に焼かれた人が水さえも飲めずに生き絶えた人々の冥福を祈り、核禁会議の呼びかけによる国民カンパで建設し寄付したと知りました。その牌文には、ある日のある少女の手紙からの文章の一節が刻まれておりました。

 「のどが乾いてたまりませんでした。水には油のようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくて、とうとう油の浮いたまま飲みました」

 この文章から当時の悲惨な情景が浮かびました。連合長崎の方々は暑い中、記念碑等の説明をしてくださり、スムーズに周る事が出来ました。

 夜には、亡くなられた方に弔いの意を込めて、それぞれの思いを灯籠に書いて流しました。万灯流しは、参加する前から気になっていた内容だった為、貴重な体験が出来てよかったです。

 8月10日はグラバー園、大浦天主堂を駆け足で周りました。この三日間の平和行動で、二度と広島や長崎のようにならない為にも、今回感じた事を職場や家族、友人に伝えて行く事が自分に出来る事だと思いました。

集合写真

集合写真

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