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(2019年8月8日-9日)

連合「2019平和行動 in 長崎」―参加報告―

連合堺地区協議会 幹事(大阪ガス労働組合南部支部)
山本 勇樹

 この度は、「2019平和行動 in 長崎」に参画させていただき、深く感謝いたします。今回の平和行動で得た「気づき」と次につなげていきたい「行動」について、報告させていただきます。

 個人としても、初めて長崎の地に降り立ち、長崎市内の厳重な警備に安心感を抱く共に不安感も感じつつ、「被爆74年 連合2019平和ナガサキ集会」「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」「ピースウォーク」「万灯流し」に参画させていただきました。

「被爆74年 連合2019平和ナガサキ集会」では、被爆者の体験を伺うことができたのは自身にとって非常に感慨深かった。2020年核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けて、外務省の今西氏より準備状況等の講義はあったが、諸外国の不安定さが増す中で、唯一の被爆国である日本のスタンスには、世界の注目が集まることは必然である。悲しみを抱きつつも私たちの為に体験を話してくれた被爆者の方が74年前に体験したような事を、二度と起こさないためにも、戦争体験を共有し、非核兵器や非戦争の機運を高める行動を各々が起こさなければならないと感じました。

長崎の地に立つ

長崎の地に立つ

被爆74年 連合2019平和ナガサキ集会

被爆74年 連合2019
平和ナガサキ集会

ピースウォーク

ピースウォーク

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

 そして、長崎の地で一番印象に残っているのは、74回目の8.9を迎えても色褪せない、地域の心持ちでした。時間は少しさかのぼり、「被爆74年 連合2019平和ナガサキ集会」に行く少し前、昼食後に少し時間がありましたので、山王神社に散策に出掛けました。左半分を原爆の爆風で吹き飛ばされた二の鳥居を横目に、境内まで足を運ぶと、地域の子どもたちがテントや参道の階段に腰かけ、被爆者たる地域のおじいちゃん、おばあちゃんの話に必死に耳を傾ける姿がりました。回数から察するに、優に20年以上は続けているであろう、地域コミュニティ内での被爆体験の共有は、何にも増して、子ども達に戦争の悲惨さを伝えると共に、非戦の誓いをより強固にするものだろうと感じました。アブラゼミの声が響き渡る中、涙と共に震える声で、子どもたちに何とか状況を伝えようとするおじいちゃんと、その言葉の意味は分からずとも、思いを共有し、必死に聞き入る子どもたちの姿は、今も目の裏に焼き付いています。

山王神社二の鳥居

山王神社二の鳥居

山王神社境内

山王神社境内

 今回の平和行動において、戦争の犠牲者から直接体験を聞くことにより、日常のありがたさを痛感し、平和の尊さに新たに気づかされました。

 平和を生きる私たちが、74年前の戦争を想像するのは非常に難しいことです。戦争を知る世代が刻一刻と減少する中、その実体験に基づく、事実の共有の必要性は高まっているように感じます。連合としては、各地域での戦争体験をその地で働く人々や子どもたちに共有する環境づくりに貢献できるはずです。私もその一員として、連合にしかできないこと、また自分自身にしかできないこと、それぞれの役割を行動で果たし、「働くことを軸とする安心社会の実現」の軸となる「恒久平和」のバトンを次代へ継承していきたいと考えます。

平和祈念像前にて集合写真

平和祈念像前にて集合写真

万灯流し

万灯流し

連合堺地区協議会 幹事(南海バス労働組合)
大野 健一郎

 被爆者代表による「平和への誓い」が終わるのを待てずに始まった拍手はその日一番の大きさで、いつまでも鳴り止まなかった。人々の願いがひとつになった瞬間を目の当たりにし、私の目頭は思わず熱くなった。そして式次第に書かれた原稿に目を落とし、何度も何度も噛み締めるように読み返した。

 いま長崎の街を一目見て、74年前のあの日を想像するのは不可能である。被爆者の平均年齢も82歳を超えた。いずれ8月9日は記憶ではなく記録でのみ知る出来事になる。その時、平和を願う人々の思いは紡げるだろうか。

 今回の平和行動では大浦天主堂を訪れ、潜伏キリシタンについても学ぶ機会を得た。彼らは江戸幕府の禁教令による弾圧に屈せず伝道師の予言を信じ、洗礼や聖具の秘蔵を続け、キリスト教の信仰を代々伝えた結果、2世紀半を経て遂に信仰の自由を手にしたという。

 現存する約1万4千発の核兵器を前にして、核兵器廃絶を目指す被爆国の願いは届いていない。核兵器を巡る世界情勢は今ふたたび揺れ動いている中、長崎が最後の被爆地であり続けられるかどうか、暗雲が立ち込めているといっても過言ではない。

 しかし、思いを共有する仲間は長崎や広島、日本に留まらず世界中にいる。私たちはこの出来事を改めて学び、語り継ぎ、諦めずに核兵器廃絶を訴え続けなければならない。

 長崎には逆風に2世紀半抗い続け、願いを叶えた人々の遺伝子が活きている。何より心強いのは、多くの中学生や高校生など若者世代が祈念式典などに参加、参列していることである。万灯流しではさらに幼い子供たちも両親や祖父母に連れられ、浦上川に思いを馳せていた。私たちの力は微力であっても、無力ではないのだ。

 平和行動を通じて同じ意思を持つ仲間と多く出会えたこと、その一員となれたことを私は誇らしく思う。貴重な機会を頂いたことに感謝するとともに、核兵器廃絶と平和の実現に力を尽くし続けることをここに誓いたい。

爆心地公園に立つ母子像

爆心地公園に立つ母子像

平和の意思が連なる浦上川

平和の意思が連なる浦上川

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