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アナログを惜しむ(大阪での40年)

  

ブルートレイン「彗星」 「北陸」ブルートレインが最後のランを終えることから、多くの愛好家がカメラを引っ提げてホームは大変だったと報道がなされていた。この報道を見て私自身、40年前が思い出された。大阪に向けての就職列車「彗星」ブルートレイン。この寝台列車に乗り一晩かけて大阪に希望をもって就職したのである。この列車も今は過去のものとなっている。今こそ飛行機は当たり前、新幹線も当たり前の時代、これらに圧され、次々とブルートレインが世を去っていく。寂しい限りである。

 このような出来事からこの節目の40年を振り返ると、世の中は驚くほど色んなことが急速に変化し、むしろ早すぎるのではと恐ろしい感じがしてならない。入社当時勤務していた市内を走る路線バスは30円、運転手とは別に車掌が乗り切符を切っていた。その後「ワンマンカー」表示され、運転手が二役をするようになった。さらにカード化となり小銭の準備は必要無くなった。交通機関は全てこのようにデジタル化し、省人化されてしまった。

 私たちの周りの仕事はどうであったのか?入社した当時、書類はガリ版による印刷(トレースに手書きで文章を作り、それを感熱紙に刷る)で社内連絡や書類管理がなされていた。その後、鉛筆は必要としない、ワープロそしてパソコンへと変化し、機能も充実し効率化の時代になった。

 「情報」という言葉も最近日常会話に多くなったように感じる。世の中をいろんな出来事が飛び交う「情報」。ここにも大きな変化があった。家庭に電話やテレビが普及したのはそう昔の話ではないが、電話の進化は凄い。いろいろ記念品で使用されたテレホンカードもあっという間にこの世から姿を消した。今はときどき見かける公衆電話の横で携帯電話を使用している状態である。今、子供から高齢者まで携帯電話を手にし、通話だけではない幅広い情報が手元で得られるのである。凄い変化だ。テレビも大きく、薄くまた機能も充実してきた。これからテレビを通して匂いも嗅ぐことできるのではないかと思ったりもする。

 これ以外にもまだまだ数えきれない時代のデジタル化はある。

 私が大阪に就職した1970年の3月14日、大阪万博が開会された。本年40年となることを記念し、あの熱狂をもう一度思い出そうと映像や写真を展示する「エキスポ‘70パビリオン」が開館した。万博当時は大胆で先端的だった日本、これを機に日本も大きく変化してきたのではないかと思う。

 このように世の中が早いスピードで変化した中で、人もアナログからデジタルになったのだろうか。でも人との繋がりだけはいつまでもアナログであっていいのではないか。デジタルに惑わされるな、アナログであれと言いたい。

 今、仕事と家庭の調和が求められている。仕事はデジタル 家庭はアナログ 労働組合もアナログ 職場のコミュニケーションもアナログであるべきと思っている。

(2010年3月16日、事務局長 平田茂徳)