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2017/8/25 金曜日

連合「2017平和行動 in 広島」―参加報告―

Filed under: 活動報告 — 編集部 @ 10:53:47

■泉州地区協議会 事務局長(大阪ガス労組泉北支部) 田中 政和

8月5日~6日にかけて、「2017平和行動in広島」に参加しました。平和行動は2010沖縄以来、2度目の参加となります。沖縄では太平洋戦争最後の日米決戦であり、唯一の陸上戦ということであまりにも悲惨な戦跡を目の当たりにしました。そして、広島はあまりにも有名な原爆を投下された都市であるということは言うまでもありません。その「原爆」は、世界中に保持され、平和を願う人々を今もなお、脅かしているものです。「核兵器廃絶」これを成し遂げなければ、人類の未来は明るいものにならないのではないでしょうか?

と少し、大きな話でスタートさせていただきましたが、参加報告をさせていただきます。

実は広島には何度か訪れており、戦後70年を迎える節目の年に単組(支部)の平和行動としても広島を訪れました。平和記念公園内の慰霊碑、記念館、原爆ドームなどすべて見学してから2年が経過しましたが、訪れるたびに今の平和を痛切に感じる場所であります。

今回は、初日に連合広島の方からガイドをいただきながらの平和公園でしたので、今まで以上に平和について考えさせられる時間となりましたし、集会では、被爆体験者のお話、高校生平和大使のお話と非常に学ぶことが多く、広島市民ではない我々も戦争について語り継いでいかなければならないと感じることとなりました。特に平和大使の高校生の方々には頭が下がる思いでした。

集合写真 ピースウォーク
集合写真 /ピースウォーク

 

被爆体験者のお話 高校生平和大使のお話
被爆体験者のお話 /高校生平和大使のお話

 

二日目の朝、広島市原爆死没者慰霊式と平和記念式に参加しました。8時15分の黙とうにより、平和記念公園内数万人の参加者が静まり返ったときは、言葉では言い表せない何か経験したことのない不思議な感覚になりました。式典のレジュメには、一枚の色紙と日本語・英語で折り鶴の折り方が記されていました。そのとき付近にいた外国の方が、「教えてほしい」ということでしょうか、レジュメと色紙を差し出してきましたが、鶴を折れない、さらには英語ができないとういう情けなさを味わい、横にいたおじさんが、英語はできないが、ゆっくり目の前で折り始め、外国の方も一緒になって必死で折っていました。

よく周りをみれば、非常に多くの外人さんが広島を訪れていることに気が付きました。これも平和を願う、世界の人々の「平和行動」なのでしょう。

午後からは、台風も心配される中、フェリーで江田島に向かい、海上自衛隊第1術科学校を見学させてもらい、ここでも戦争に関わるおおくのものを見て、勉強させてもらいました。

広島駅に向かう帰りに乗った路面電車は、たまたま72年前に爆心地から3kmほどのところで被爆したものでした。その電車は、被害が少なかったこともあり、すぐに市民のために走り出したそうですが、いまもなお現役で走りながら言葉を発しない語り部として活躍していることに感動しながら、非常に暑かった2日間の平和行動が終わりました。

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■大阪ガス労組泉北支部 上東 英樹

個人的に広島の平和記念公園へ行き、原爆ドーム、資料館へは行ったことはあったが、記念碑等の前で、どういった記念碑なのかという説明を受けたことは初めてであり、ひとつひとつの碑に込められた思いなどを知って、たいへん勉強になった。また、被爆者の体験談をお聞きしたのも初めてで、幼年期に父親を被ばくで亡くした話や、被ばく直後の方の生々しい姿は想像しただけで、原爆の恐ろしさを痛感した。原爆という悲惨な兵器はこの世から無くなることを心から望んだ。初めて高校生の平和大使の活動も知れたことは良かった。今後とも活動を通して、世界に原爆の恐ろしさを伝えて世界平和のために頑張っていただきたいと思う。

ピースウォーク 連合2017平和ヒロシマ集会
ピースウォーク/連合2017平和ヒロシマ集会 ピースウォーク

海上自衛隊の学校(旧海軍兵学校)への見学も初めて行かせていただき、戦争時の資料をたくさん拝見させていただいた。現在でいえば、まだまだこれからといった青年が出した戦場からの手紙や遺書等には心を打たれた。

海上自衛隊第1術科学校 集合写真
海上自衛隊第1術科学校/集合写真
平和活動に初めて同行させていただき、戦争の悲惨さ、平和の大切さを身に染みて感じた。資料館等に行ったことのない方には是非行っていただき、平和について考えてほしいと感じた。

 

2016/8/22 月曜日

連合「2016平和行動 in 広島」―参加報告―

Filed under: 活動報告 — 編集部 @ 15:55:34

大阪南地域協議会 事務局長 牟田 和広

日程 2016年8月5日(金)~8月6日(土)
場所 広島市
【行程】8月5日(金) 10:45 広島駅に集合
11:30 昼食・オリエンテーション
13:20~14:20 ピース・ウォークに参加(広島平和記念公園) ピース・ガイドの説明を聞きながら慰霊碑めぐり 「原爆死没者慰霊碑」前で黙とう・献水
14:30~16:00 広島平和記念資料館を見学
16:30~19:30 連合2016平和ヒロシマ集会に参加(広島市文化交流会館) 千羽鶴献納 被爆体験証言(坪井 直さん) 高校生平和大使メッセージ(4名)
20:00~21:30 夕食交流会
8月6日(土) 7:00 ホテル出発
8:00~ 9:00 「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」に参加(広島平和記念公園)
9:30 江田島へ移動
11:45 昼食休憩
13:00 海上自衛隊第1術科学校を見学
14:30 広島駅へ移動
16:00 解散

所 感

連合「2016平和行動in広島」に、連合大阪として29名を引率し、参加してきました。初めて連合の平和行動に参加しましたが、ピース・ガイドは連合広島の方々ですし、参加者は皆「連合○○」の旗を持っています。またピース・ウォークの途中、原爆死没者慰霊碑で黙とう・献水を行っていると、献花をされる神津会長に出会いました。正に「連合の平和行動」なのだなと実感するとともに、全国から多くの仲間が集まる団結力に感動しました。

ピース・ウォーク受付 神津連合会長(右)
ピース・ウォーク受付/神津連合会長(右)

集会では、被爆体験証言として「坪井 直」さんのお話を、そして高校生平和大使の4人の女子高生の報告・アピールを聞きました。91歳となられた坪井さんの、直接被爆者としての唯一無二のお話は、聞く者を圧倒的に引き付け、心を揺さぶります。そして、場違いな程、歳の離れた女子高生が、真に平和を願うスピーチをした時、会場はひとつになり、平和への想いもひとつになったと感じました。

私たち連合は、これからも平和行動を続け、坪井さん達の世代、私たちの世代、そして若い世代がひとつになり、世界の恒久的な平和を心から求めていかなければならないと思いました。

テザック労働組合 鈴木 健

今回、平和行動に初めて参加させていただき、これまで、どこか当たり前に隣で行われているような、また直視することを無意識に避けていたような、そんな平和への活動に触れる機会をいただけたことに感謝するとともに、これまでの自分の向き合い方を顧みる良い機会となりました。

初日にはピース・ウォークで平和記念公園内の慰霊碑をめぐり、各ポイントで連合広島の青年・女性委員の方々からのガイドをいただきました。最初は、修学旅行以来で訪れた平和公園内の雰囲気にただただ飲み込まれていましたが、進むにつれ、原爆被害の悲惨さと、それに向き合ってこられた市民の皆様の思いを痛切に感じ、胸が苦しくなりました。

特に印象に残っているのは、平和記念資料館下の、原爆死没者慰霊碑と平和の灯、原爆ドームが一直線に見える場所で、「この公園の下に当時の市民の生活が眠っている」という説明を受けたことです。今では立派に繁栄している広島と、その下に眠る悲惨な過去が共存しているということを再認識させられるフレーズでした。

ピース・ウォーク 平和記念公園
ピース・ウォーク/平和記念公園

その後、広島市文化交流会館で開催された、「連合2016平和ヒロシマ集会」に参加し、国際労働組合総連合 ディアロ局長のメッセージのほか、高校生平和大使による活動報告、被爆体験者の坪井理事長による原爆投下当時のお話を聞きました。

高校生平和大使の皆さんの積極的な活動に感銘を受け、その背景には身近な人から伝えられ、受け継がれた平和への強い願いがあることが感じられました。また、坪井氏の被爆体験証言からは、当時のどうしようもない非情な状況が生々しく語られ、伝え続けなければならない、という強い意志も感じました。

2日目には、広島市原爆死没者慰霊式と平和祈念式に参列しました。普段はテレビの向こう側にあった場所に立っていることに不思議な感覚を覚えたことを記憶しています。

近くのモニター付近での参列でしたが、日常にはない雰囲気に包まれる中、参加者全員で黙とうを捧げました。

平和記念式 平和記念式
平和記念式

この2日間で改めて平和について考え、平和を願う行動の大切さを実感しました。また、少しでも多くの方にこのような機会に触れていただき、感じていただけることを祈ります。

最後に、酷暑の中、慰霊碑のガイドをしていただいた連合広島の方をはじめ、準備・運営に携われた多くの方々に感謝します。

テザック労働組合 井隈 政弘

私自身初めての平和行動でしたが、原爆被爆国と言う事以外は意外と知らない事が多いのだな~と率直に感じました。

一部になりますが、私が特に印象に残った事で、原爆の子の像があります。白血病の為12歳の若さで亡くなった被爆少女、佐々木貞子(ささきさだこ)さんの死を悼んで、全国の少年少女たちの募金で建立されました。生きる願いを託して折り続けた千羽鶴がモチーフになっていて、千羽鶴の塔や折り鶴の塔とも呼ばれているとの事でした。

像の説明では側面左右の二体は少年と少女と明るい希望を象徴していて、正面のV字のデザインは平和な空を鳥が飛んでいる姿を表現しているなどボランティアの方からの説明が有りました。

原爆の子の像 原爆ドーム
原爆の子の像/原爆ドーム

夕方から広島市文化交流会館で開催された、連合2016平和ヒロシマ集会では、被爆者の原爆投下当時の話を聞きましたが、実際に話を聞くと原爆が正に非人道的兵器と言う意味が伝わってきました。その後第18代高校生平和大使によるスイス派遣報告が有りましたが、非常にハキハキとテンポ良く報告してくれたので、非常に判りやすかったです。

その後の第19代高校生平和大使3名の紹介が有ったのですが3名共自分の目的をしっかり持っている方達で非常に頼もしい印象を受けました。

連合2016平和ヒロシマ集会 連合2016平和ヒロシマ集会
連合2016平和ヒロシマ集会

2日目の朝は、広島市原爆死没者慰霊式と平和祈念式が8時より始まり、非常に参列者が多かったので国立広島原爆死没者平和祈念館の近くのモニターで参加し、8時15分に参加者全員で黙とうをささげました。

最後に、非常に熱い2日間では有りましたが今は当たり前の平和の大事さ、そして原爆の悲惨さを知った事でこの二日間の平和行動が意義の有るものになりました。

集合写真

2015/9/1 火曜日

連合「2015平和行動 in 広島」―参加報告―

Filed under: 活動報告 — 編集部 @ 18:18:53
日程 2015年8月5日(水)~8月6日(木)
場所 広島市
【行程】8月5日(水) 11:00 広島駅集合 オリエンテーリング
12:30 ピース・ウォーク 

ピースウォーク
  • 広島平和記念公園(慰霊碑めぐり)
    ピースガイド同行説明
16:30 連合2015平和ヒロシマ集会 

2015平和ヒロシマ集会
  • 上野学園ホール
    • 千羽鶴献納
      被爆体験証言(坪井 直さん)
      高校生平和大使メッセージ(4名)
20:30 連合原爆死没者慰霊式(ピース・キャンドル) 

連合原爆死没者慰霊式(ピース・キャンドル)
  • 原爆ドーム前
    • 献花・献水
21:15 連合大阪交流会(夕食)
8月6日(木) 8:00 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 

平和祈念式

広島平和記念公園

9:15 戦跡巡り 

本川小学校 平和資料館
本川小学校 平和資料館

 

袋町小学校 平和資料館
袋町小学校 平和資料館

 

  • 本川小学校、袋町小学校
    • 平和資料館の視察
11:00 被爆者語り部の講話 

被爆者語り部の講話
  • ワークピア広島 下畠 準三さん
12:30 広島平和記念資料館視察
13:30 【連合堺だけ】広島城軍司令部地下通信室跡視察
【広島原子爆弾投下】1945/8/6 午前8:15 原子爆弾投下、上空600で爆発。12月末までに約14万人が亡くなられた。(それまで、広島市は、空襲被害がほとんどなかった)生存している被爆者は、全国に18万3519人(2015/3現在)、平均年齢は80.13歳。後遺症と闘いながら生活いている。

■所 感

連合堺地区協議会 議長代行 川井 勇二

原子爆弾が初めて投下されてから今年で70年になる。投下された時間を言える人が少なくなってきているそうであり、被爆地の広島では、熱心に教育されているが、例外ではないそうである。また、被爆者の平均年齢が80歳を超えてきており、核兵器の恐怖、悲惨さを伝えていくことが重要になってきている。

その中で、高校生平和大使の若者が、核兵器廃絶と平和な世界の実現を目指す「高校生1万人署名活動」や国連欧州本部でのスピーチなど「ビリョクだけどムリョクじゃない!」を合言葉に頑張っている姿はたくましさを感じた。

昨年は、沖縄の平和行動に参加し、地上戦での市民を巻き込んだ戦争の悲惨さを勉強させてもらったが、今年の広島では、核兵器は1発で、一瞬にして熱線や爆風、放射線によって、大多数の被害をもたらす威力と生存した被爆者はずっと苦しみ続けていることをあらためて勉強させてもらった。

核兵器の被爆地を知れば、「使ってはならない。なくさなければならない。」と誰もが思うはずであるが、今もなお、世界に1万5千発も保有されているのが現状である。

戦争のない平和な社会を実現させるためには、継続した運動が必要と改めて感じた。

堺地区協議会 事務局長 吉田 大輔

3年ぶりに「平和行動in広島」に参加しました。今年は、被爆70年の節目の年であり、また、国会における安全保障関連法案審議も相まって、例年とは違った雰囲気の中での平和行動・原爆の日となりました。3年前とカリキュラムも違ったこともありますが、改めて被爆の悲惨さ、平和への思い、核兵器廃絶に向けた取り組みの重要性の実感できました。

被爆者の平均年齢が80歳を超え、その数も年々減少していく中で全国の高校生が「高校生平和大使」として、世界各国で核兵器廃絶と平和な世界の実現に向け活動を展開していることに感動と頼もしさを感じました。

また、今回初めて小学生が2名この平和行動に参加をしてくれました。それぞれの行動の中で、メモを取りながら一生懸命活動に取り組む姿が印象的で、貴重な経験だったと思います。

この夏も、全国の原子力発電所が停止した状態が続き、2年連続で「原発ゼロ」の夏を迎えました。東日本大震災以降、原子力発電に対する社会的な逆風が依然と続く中で「再稼動」に向けた、新規制基準に基づく審査が継続されている状況下で、原子力発電所に携わる電気事業者の一員として、原子力発電に対する根幹が原爆にあることを実感するとともに、改めて原子力発電の安全性を向上させていくことで、社会的責任を果たしていくが何より重要であることを痛感することができました。

大阪南地域協議会 事務局 大林 妙子

平和行動in広島への参加は5年ぶりでした。前回も戦後65年という区切りの年だったのですが、今回は70年ということで、より強い想いを持って参加させて頂きました。

今回の平和祈念式では、国会で審議されている安保法案のこともあり、平和公園周辺で多くの団体が集会を行っているのを目にしました。政府は、法文上とはいえ核兵器すら運ぶことが出来る法案を通そうとしています。

核兵器廃絶・世界平和を願う声は、まず国内でどこまで届いているのでしょうか。

広島市長が平和宣言で述べられた、「各国の為政者が顔を合わせ、対話を重ねることにより得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない安全保障の仕組み」が実現することを切望します。

そして子ども達が原爆の悲惨さ、戦争の愚かさをしっかりと学習し、高齢となった被爆者の平和への想いが未来へ引き継がれていくことを願っています。

集合写真

2014/8/20 水曜日

連合「2014平和行動 in 広島」―参加報告―

Filed under: 活動報告 — 編集部 @ 3:29:40

連合泉州地区協議会 副議長 川北 博秀

8月5日(火)・6日(水)の2日間、辻本幹事と共に「2014平和行動in広島」に参加させて頂きしました。2日間とも雨天でしたが、傘、カッツパ等を持参していたので楽に行動ができ、暑さも思っていたより暑くはなかったです。

第1日目

広島平和記念公園到着後、「ピース・ウオーク」に参加しました。連合広島の青年・女性委員会のメンバーより慰霊碑や記念碑の内容を判り易く熱心に説明され、惨劇の様子が私の心にも伝わりました。

原爆ドーム ピース・ウォーク
原爆ドーム/ピース・ウォーク
ピース・ウォーク慰霊碑
ピース・ウォーク/慰霊碑

夜からは広島市文化交流会館で「平和ヒロシマ集会~核兵器廃絶と世界の恒久平和の現実を求めて~」というテーマで、広島県原爆被害者団体協議会 理事長 坪井 直さんが被爆体験証言をされました。20歳で被爆し、現在で89歳。被爆69年前の夏、灼けつく日差しは「あの日」に記憶の時間を引き戻したように、罪なき市民の命が絶たれた様子を生生しく語ってくれました。

あまりにも凄絶な体験ゆえに過去を多く語らなかった人々が、年老いた今、少しずつ語り始めています。このような貴重な体験証言は世界の人々に伝え、平和実現への道を共に歩むことを願っています。

集会後、「平和の光」としてサイリューム(光る棒)を参加者全員で手にしながら平和記念公園まで徒歩で移動し、全員の心が一つになりました。

平和ヒロシマ集会 平和ヒロシマ集会
平和ヒロシマ集会

第2日目

午前8時に始まった「広島市原爆死没者慰霊式」並びに「平和記念式」にモニターで参加しました。原爆が投下された午前8時15分に合わせて「平和の鐘」が打ち鳴らされ、参列者及び参加者全員が一斉に黙祷を捧げました。

最後に、戦争は人々の家族や、友人、未来の夢をも奪い、人生を大きく歪めるような非人道的行為であり、核兵器の廃絶と世界人類が平和であるように願っています。

2013/8/21 水曜日

連合「2013平和行動 in 広島」―参加報告―

Filed under: 活動報告 — 編集部 @ 20:41:47

連合泉南地区協議会 議長 宮崎孝行

原爆ドーム 2013年8月5日(月)~6日(火)にかけて、「2013平和行動 in 広島」へ泉南地区から小川事務局長と参加しました。連合大阪の参加者は17名でした。

猛暑の中、平和記念公園原爆ドーム前からフィールドワークがスタート。連合広島のボランティアの方々から、公園内にある慰霊碑や記念碑についての説明を受けました。

その一つに「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」があります。被爆した裸身の女教師が子どもを抱いて、絶望的な悲しみのまなざしで空を見上げている銅像です。

当時、男教師は戦争へ、小学校高学年は疎開しており、残されたのは低学年と女教師のみでした。犠牲者は推定で子ども2千人、教師200人とされており、名前さえ判らない人も多くとても悲しい碑でした。

教師と子どもの碑
教師と子どもの碑

公園内には悲しい碑ばかりでなく、被爆者を励ますアオギリの木もありました。

被爆したアオギリ このアオギリは昭和8年、郵便局の落成時に中庭に植えられ、12年後に被爆しました。すさまじいエネルギーの熱線が襲いかかり、同じ中庭にあった桜やカイズカイブキとともに、爆心側の幹や枝は、瞬時にして黒焦げになり、幹の半分は焼けてえぐられ、中は空洞になって見るも痛ましい姿でしたが、アオギリの生命力は強く、移植にも耐えることができ、その後、けなげに生きる姿に被爆者が励まされたそうです。

今では被爆二世のアオギリの苗の木が市内の小学校に植えられており、また、全国各地から訪れた小・中・高校へも採取した種子が配られ多くの二世のアオギリが育っているそうです。

原爆死没者慰霊碑 ピース・ウォーク後は少し自由行動があったので平和記念資料館へ足を運びました。なぜ広島や長崎が標的になったのか?など、知らない事がよく分かりました。そしていくつもの目を覆いたくなるような遺品に、原爆の恐ろしさを体感しました。

資料館には多くの子供たちも訪れており、原爆の恐ろしさを後世に伝えて行かなければならな いと改めて思いました。

17時からは、上野学園ホールにて「連合2013平和広島集会」が連合広島石井会長の挨拶で開催されました。その中で平和の語り部・被爆者体験証言広島県原爆被害者団体協議会坪井理事長の体験をお聞きしました。

坪井さんは爆心地から1kmの所で被爆しました。被爆後は若年者の救護が優先された為、青年だった坪井さんは治療施設までトラックに乗せてもらえました。その後40日間、意識不明の中で終戦も知らなかったそうです。回りの収容された人が次々に亡くなっていく中で、坪井さんは母親が自分を懸命に探す声に反応することができました。幾つもの奇跡によって坪井さんは68年目を迎える事が出来たと語られていました。

坪井氏
坪井氏

一瞬にして14万人余りの尊い命を奪った原子爆弾が広島に投下されて、今年で68年を迎えました。今なお多くの被爆者が放射線障害にくるしんでいます。

今日、核兵器はいまだに世界に約2万発も存在し、人類は核兵器の脅威にさらされています。核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現をめざして、これからも国際労働組合総連合や、平和市長会議、広島平和文化センターはじめ、多くのNGOとも連携し、職場や地域における核兵器廃絶運動を粘り強く取り組むことを集会の中で誓い合いました。

2013平和広島集会
2013平和広島集会

その後再び平和記念公園に戻り、原爆ドームを参加者で囲み「ピースキャンドル」として蛍光リングによる平和への祈りを捧げました。

ピースキャンドル
ピースキャンドル

2日目は8時より「広島市原爆死没者慰霊式」並びに「平和祈念式」が始まりました。約5万人の参列で私たちはアオギリのそばのモニターでの参加となりました。

今年1年で新たに死亡が確認された被爆者5,859人の名簿を原爆慰霊碑に収め、原爆死没者は合わせて28万6,818人となりました。原爆投下時刻8時15分に遺族代表、子ども代表にて平和の鐘を突き参列者全員で黙とうをささげました。

松井市長は平和宣言に被爆者5人の体験談を盛り込み、核兵器廃絶に取り組むための言動力とならねばと決意表明し、世界の偽政者に「威嚇から信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきだ」と呼びかけました。また、核兵器を[絶対悪]とあらためて否定し、世界の指導者に廃絶への取り組みを求めました。

子ども代表2名による平和への誓いでは、「さあ、一緒に平和をつくりましょう。大切なバトンをつなぐために」と誓いました。

平和祈念式
平和祈念式

今回、広島平和行動に参加させて頂き、一瞬にして14万人の命を奪いそして68年の歳月がたっても今なお、原爆死没者が28万人を超え増え続けるこの核兵器は、松井市長の言った絶対悪そのものだと改めて再認識しました。

被爆者は、平均年齢が78歳を超えた今も平和への思いを訴え続けています。私たちがその思いを共有し、ともに進むべき道を正しく選択すること、核兵器も戦争もこの世界には必要ないと発信つづけることが大事だと気づかされました。

連合大阪集合写真
連合大阪集合写真