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(2022年7月)

連合「2022平和行動 in 沖縄」―参加報告―

堺地区協議会副議長(シャープ労組堺支部)満重 成祥

 沖縄での3日間の平和行動に参加させていただきました。

【1日目】
対馬丸記念館の見学

 昭和19年、沖縄から九州へ大勢の女性や子供を乗せて疎開させようとした対馬丸が米軍の潜水艦の攻撃を受け沈没する事件がありました。対馬丸記念館には当時の撃沈直後の悲惨な状況が克明に記されており、沈没までの11分間の船内で逃げ惑う様子や、乗船していた女性や子供たちの顔写真の展示を見ると、戦争に巻き込まれてしまうことの憤りや無念さが伝わってきました。

乗船していた子供たちの写真

乗船していた子供たちの写真

当時の様子を解説する展示物

当時の様子を解説する展示物

平和オキナワ集会への参加

 法政大学教授の明田川融さんによる「沖縄の施政権返還50年と日米地位協定」についての講演を聞き、現在の日米地位協定が成り立った経緯や不公平な協定(よく言われる刑事裁判権が日本にないことや、米軍関係者は入出国時の検疫が不要であること、航空法は米軍には適用されないなど)であることを学びました。地位協定は多少の運用改善はされているものの、あくまでも努力義務であり強制力がない為、抜本的な見直しが必要であるとも説明されました。また、玉城デニー県知事からは、日本の0.6%の面積である沖縄に、米軍基地の70.3%が集中していると述べ、基地負担と日米地位協定の見直しを求める訴えがありました。

働く仲間が一堂に会しました

働く仲間が一堂に会しました

熱く訴える玉城県知事

熱く訴える玉城県知事

【2日目】
アブチラガマの見学

 日本軍の軍需物資の倉庫、病院の分室として使われるようになった鍾乳洞で、女学生達で構成されたひめゆり学徒隊も配属され、多くの負傷兵の看護にあたっていたそうです。実際にガマの内部に入りましたが、全長270mと広く、涼しく感じるが、暗く、足場が悪い為、このような場所で看護を行うのは非常に過酷だったと思われます。

ひめゆりの塔・資料館の見学

 当時学徒隊であった人の証言が数多く展示されていました。

 各地のガマで看護をしていた時の記録では、糞尿や死体の処理も日が経つにつれ、感覚がマヒしてしまい、苦にならなくなったとの証言もありました。

 また、米軍が迫り解散命令が出た後どのように逃げたかも詳細に記されており、中には捕虜になって辱めを受けると教えられていた為に自決してしまった人もいたとのことです。

ガマの説明を受ける参加者

ガマの説明を受ける参加者

献花されたひめゆりの塔

献花されたひめゆりの塔

平和記念公園の見学

 平和の礎(いしじ)を見学することができました。沖縄戦で亡くなられた国内外約24万人へ追悼の意を表し、礎に全員の名前が刻印されています。刻銘は毎年追加されており、今年は55名が刻銘されたとのことです。

 併設されている資料館では戦時中の生々しい写真や遺留品などが展示されていました。米軍の数多の戦艦が迫ってくる様子や、米軍に追い詰められた民間人が崖から飛び降りる映像も残されており、戦争の悲惨さを感じました。

【3日目】
米軍基地の視察

 佐喜真美術館では屋上から普天間基地を見ることができたのですが、思っていた以上の広さで沖縄における基地の割合の大きさを実感しました。また、美術館の方から戦時中の話やオスプレイの騒音問題についてのお話を聞くことができました。特に印象的だったのは「TVでウクライナの街が破壊される様子を見ると、今でも戦時中を思い出し涙が出てくる」という言葉でした。戦争は心に深い傷を残すことを改めて感じさせられました。

当時の様子を涙ながらに話す語り部さん

当時の様子を涙ながらに話す
語り部さん

今年追加された礎

今年追加された礎

 瀬嵩の浜から普天間基地移設予定地の辺野古を視察しました。

 現在埋め立てが進められていますが、これはジュゴンの餌場が無くなってしまうなど、多くの生きものの生態系を壊してしまうことにも繋がるそうです。

奥には立ち入り禁止のブイが並んでいます

奥には立ち入り禁止のブイが並んでいます

 道の駅かでなの展望台より嘉手納基地を視察しました。

 普天間基地もそうでしたが、住宅地の真ん中にあることに驚きました。騒音問題や航空機事故の懸念もあり、安心した生活を送るのは難しいと感じました。

米軍航空機が間近に見えます

米軍航空機が間近に見えます

最後に

 リゾート地としてのイメージが強い沖縄ですが、日米地位協定や米軍基地があることによって様々な問題が健在していることをもっと知る必要があると感じました。

 また、沖縄には戦時中の情景が分かる資料が数多く残されており、何の罪もない民間人が巻き込まれ、苦しい思いをしてきたこと、尊い命が奪われたことを鮮明に知ることができます。

 世界では当時の沖縄で起きたような悲劇がまさに今起こっている国もあります。戦争の悲惨さについて知り、改めて平和について考える必要があると感じました。


堺ディスプレイプロダクト労働組合 山田 崇之

 今回初めて平和行動に参加させてもらい、事前に行われた平和学習会に参加するまではどういった活動かまで理解しないままでおり、普段自分が電機連合等で開催されている活動様に安易な考えで参加しておりました。

 平和学習会に参加し、学習会での話を聞く中で活動の意義などを感じ、身が引き締まる思いがありました。その中で、活動内での自己紹介でも話をさせてもらいましたが、自分の祖父母の話を思い出し、その当時の話を思い出し、現在、自分が感じている戦争に対する考えを改めて考えさせられる事前学習会となりました。

 活動初日6月23日、伊丹空港から沖縄に到着し対馬丸記念館を訪れるまでのバスの中で初めて対馬丸を知り、対馬丸の悲劇を知りました。記念館を訪れ資料を拝見し、戦争で被害を受けた方の思い、残された家族の思いと当時の悲惨さや今でも語り継がれる話などの様々な感情があり、今自分たちが何ごともなく過ごしている事が非日常的に感じてしまうくらいでした。

 また、この対馬丸記念館での資料を拝見し、自分の祖父母たちも同じ体験をしたのかと思い、改めて痛感させられました。

対馬丸記念館

対馬丸記念館

 昼食時間を挟み、那覇文化芸術劇場なはーとでの平和オキナワ集会に参加し、全国の連合からたくさんの組合員さんが参加されており、非常に驚きと今回の沖縄での平和活動が全国的なものである事を感じ、とても素晴らしい活動であると思いました。

 日米地位協定の話、連合会長の話、沖縄県知事の話、長崎・広島と繋がっている平和行動の話を聞き、こういった活動には今後も参加したいと思いました。

平和オキナワ集会

平和オキナワ集会

 2日目のピースフィールドワークでは、体調不良となり、糸数アブチラガマに入る事ができず大変悔いが残っています。移動中のバスの中での話、お昼からまわった魂魄の塔、平和祈念公園、ひめゆりの塔での話を聞き、資料館で見た当時の状況を考えると、沖縄地上戦での悲惨さ、今まさに続いている戦争等を思い、決して許される行為ではないと改めて感じ、また同じことを絶対に繰り返してはならないと思いになりましたし、起こしてはならないと思いました。

 2日目が終了し、少しだけ沖縄観光をさせてもらいました。国際通りを歩きコロナの影響で以前の様な人通りがまだ戻っていない様に感じました。その中でも観光で沖縄を訪れている人がいる事は経済が少しずつ回復しつつあるのかなとも感じました。

 また、沖縄での最後の夜をみなさんと堪能でき、一日の疲れを癒すことができたとも思いました。

 3日目は佐喜真美術館を訪問し、館長さんの話を聞きながら拝見した美術品は沖縄で過ごし感じたすべてを象徴するかの様な美術品であり、非常に感慨深いものになりました。また、同美術館の屋上で語り部の方からお聞きした話は、聞いていて非常に被害者意識が強い、被害者目線での話ではありましたがこういった感情が戦争を経験した方の率直な感情である話であり、聞いていて自分の感情を揺さぶる話を聞けた気がしました。

 辺野古移設工事の対岸 瀬嵩の浜で移設工事の状況を見て、規模の大きさ、環境への影響、地元の漁師さんたちへの影響を間近で見る事ができ、今まで他人事の様にニュースで見ていた事を恥ずかしく思えてきました。

 道の駅かでなで嘉手納基地を見学し、目の前に広がる基地の大きさ、道の駅内にあった資料館で見た様々な資料を拝見し、米軍基地が与える過去からの沖縄に与えて影響が計り知れないものである事を感じる事ができました。

道の駅かでな

道の駅かでな

 今回の平和行動に参加させてもらい、今までに感じた事のない沖縄に対するイメージを感じる事ができました。

 戦争に対す沖縄の方の思いや、今でも残る戦争の痕跡、そして今でも続く米軍に関する様々な事案などを間近で聞き、感じ、体験する事で、今までの沖縄に対するイメージからより違った目線で見る事ができる様になれたと思います。

 今回の活動に参加した事でより一層『平和』に関する考えが変わるいい機会となりました。また今後、同じ様な活動に参加できる事があれば、是非とも参加させて頂きたと思います。

 

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