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(2022年8月)

連合「2022平和行動 in 長崎」―参加報告―

大阪南地域協議会副議長(JP労組泉州南支部)山下 一房

 8月8日から3日間、被爆77年を迎えた長崎へ8名の参加者とともに平和行動に参加してきました。

1日目

・長崎歴史文化博物館の見学

 長崎開港によって花開いた南蛮文化やキリスト教の普及、出島の造成、美術工芸品(ガラス・べっ甲細工等)など今日の長崎における歴史、文化を学び、感じました。

 また、幕末から明治にかけて日本文化の先駆けとなった長崎。坂本龍馬、勝海舟など数々の幕末武士に影響を与えたそうです。

・連合2022平和ナガサキ集会

 「〜語り継ぐ戦争の実相と運動の継続で核兵器廃絶と恒久平和を実現しよう〜」をスローガンに、1,115名の全国の仲間が集まりました。

 国際労働組合総連合(ITUC)シャラン・バロウさんからは、「私たちの連帯と平和への想いは日本の皆さんとともにある」との力強いビデオメッセージ。

 長崎平和推進協会、三瀬誠一郎さんからは「平和は人類共有の世界遺産、一人ひとりがしっかりと平和の尊さを噛みしめる必要があると信じてやまない」と、当時10歳の生々しい体験を交えながらの被爆者の訴え。空襲警報時では、「親指を耳の中、中指などで目を塞ぐように」と日頃から学校で教えられていたそうで、当時の緊迫した状況を知り改めて戦争の怖さを感じました。

 長崎大学核兵器廃絶研究センター長教授、吉田文彦さんからは、ウクライナ危機後の核軍縮について、「核軍縮の批准、長崎を最後の被爆地にする必要がある」と講演を受けました。

 最後に、「世界で唯一の被爆国である日本の役割と責任を果たし、恒久平和の実現を目指す」との平和アピール宣言を全員で確認し集会を終えました。

平和ナガサキ集会
平和ナガサキ集会

平和ナガサキ集会

2日目

・被爆77周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

 コロナ、警備等の関係で入場制限があり長崎原爆資料館でのモニター中継となりました。

 式典前に資料館を見学。原爆投下直後の悲惨な街の惨状、思わず目を背けたくなるほどの人々の残酷な遺体など原爆の破壊力や恐ろしさを痛感しました。また、生き残った人々も心と体に大きな痛手を受け、今なお多くの被爆者が苦しんでいる現状にとても心が痛みました。

 被爆者合唱団「ひまわり」による平和を願う合唱で始まった式典。

 長崎市長、田上富久さんからは「存在する限りは使われる懸念がある核兵器廃絶への強い思い、日本政府への核不拡散条約(NPT)の批准および核兵器禁止条約への署名を求めるなど、核兵器廃絶と世界恒久平和に力を尽くし続ける」との長崎平和宣言。

 被爆者代表の宮田 隆さんからは「核兵器禁止条約への署名、批准。核兵器のない世界実現への願いを次世代に引き継ぐことを誓う」との平和への誓いがありました。

 元首相への銃撃事件もあり特に来賓者への物々しい警備の中でしたが、長崎の未来を託す児童の平和を願う「千羽鶴」合唱で無事式典が終わりました。

平和祈念像

平和祈念像

長崎の鐘

長崎の鐘

・ピースウオーク(慰霊碑巡り)

 連合長崎青年委員会によるピースガイドから、原子爆弾落下中心地碑、長崎の鐘、平和記念像など数々の史跡等(30ヶ所)を見学、説明を受け改めて平和の尊さを実感しました。

・万灯流し

 1949年8月9日、犠牲者の慰霊と恒久平和を願い手作りの万灯を浦上川に流したのが始まりの万灯流し。各自で平和への思いを書き込み捧げました。

原子爆弾落下中心地碑

原子爆弾落下中心地碑

万灯流し

万灯流し

3日目

・世界文化遺産「軍艦島(端島・はしま)」見学

 海底炭鉱の島で高層鉄筋アパートが立ち並ぶ外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれています。様々な厳しい気象条件等があり上陸1割程度。当日も断念、船からの見学だけとなりました。老朽化が激しいそうです。

 この3日間を終え、ロシアが核の脅威をちらつかせ北朝鮮は核実験を繰り返す中、日本はアメリカの「核の傘」に頼らざるを得ない現状ですが、核兵器が奪う一人ひとりのかけがえのない人生、同じ過ちを繰り返すほど愚かなことはありません。知恵を絞り策を講じ、核軍縮、廃絶に向け訴え、取り組み続けることの必要性と大切さを改めて感じました。

 戦争ほど残酷なものは無く、戦争ほど悲惨なものはありません。全ての国に人々に平和が訪れることを心から願い、長崎を後にしました。

 

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